原作『風の谷のナウシカ』のその後の世界はどんな感じ?

風の谷のナウシカ

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スタジオジブリアニメ『風の谷のナウシカ』は、もともとアニメージュに連載された宮崎駿による原作から生まれたものでした。

そこではいろいろな世界観を醸すために、ありとあらゆる仕掛けや設定をベースに敷き詰め、1アニメとしてとても濃厚な、名作たる表現演出が生み出されています。

実は原作『風の谷のナウシカ』には、映画では観られなかったさらに奥深いメッセージが込められています。

アニメを作る上で「子ども向け」「一般受け」を気にする上で〝このような設定や背景は言わない方がいい〟とされた〝隠された秘密と脅威〟があったのです。

その「秘密と脅威」は飽くまで現実における事変を指すもの!

この「秘密と脅威」を秘めた原作『風の谷のナウシカ』のその後の世界とは、いったいどういう世界なのか!?

原作『風の谷のナウシカ』からキャラクターや背景をピックアップしていき、さまざま視点から「その後の世界」について探究します。

「本作に感動した」という人は、本記事をあまり見ない方がよいかも知れません。アニメ観よりも現実感が勝ってしまうことになりますので…。

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第1章 『風の谷のナウシカ』原作のラストシーンを振り返る

原作『風の谷のナウシカ』の「その後の世界」を予想することは、「ナウシカ」ファンはもとより、アニメをこよなく愛する人にとっても「秘境の地」を見つけるほどの〝とてつもない感動〟を匂わすものでしょう。

果たして「その後の世界」とはいったいどういう世界なのか?

その「世界」への扉を開ける前に、映画版『風の谷のナウシカ』との違いを確認しつつ、まずは原作『風の谷のナウシカ』のラストシーンを振り返ってみたいと思います。

原作『風の谷のナウシカ』のラストシーン

風の谷、ペジテ市、土鬼(ドルク)諸侯国連合、トルメキア王国が存在する世界では、戦争が相次ぐ混沌とした情勢が存在しました。

「火の七日間」という最終戦争を迎えた人類の世界は、やがてその破壊によって蟲(むし)や腐海に従来の領土を占領される形で落着し、それに抗おうとする者、したがおうとする者たちであふれかえります。
土鬼諸侯国連合やトルメキア王国の皇帝や国民は、何とか「元の自分たちの世界と領土」を取り戻そうと、土鬼帝国の首都シュワにある墓所と呼ばれる研究施設において、汚染され、蟲と腐海に乗っ取られたような世界の浄化を図ろうと画策していた。

そんな中、ナウシカは自然との共存を望み、蟲も、本来自然として存在した腐海を焼き払うことをせず、自然と人類ともにこれ以上の犠牲を増やさない道を選んで幕引きします。

原作と映画版の表面的な違い

原作のラストシーンを振り返るとき、まずはその設定として「彩られた世界観がどんなものか?」から確認する方がよいでしょう。まずその辺りをカンタンにお伝えします。

原作では映画版『風の谷のナウシカ』には登場しない、いろいろなキャラクターが存在します。

先の土鬼連合国やその国を治める皇帝の兄弟、ナムリスとミラルバをはじめ、同国にある墓所という〝意思を持つ研究施設〟の存在や、腐海の住人(蟲使いや森の人)、人工生命体である巨神兵に次ぐヒドラというキャラクターなど、他にもいくつかの(映画版だけを観ている人にとっては)新しいキャラクターが登場します。

その中から本記事のテーマ「原作『風の谷のナウシカ』のその後と結末」に必要と思われる箇所だけをピックアップする形でまとめていきたいと思います。

原作『風の谷のナウシカ』に彩られる世界観について

その世界観は、現代にも見られる「人による科学文明の発展」がそれ以上ないところまで行き着いたような、いわば成れの果ての世界をスタートとし、その〝果て〟からいくつかの展開が物語として進んでいきます(これは原作でも映画版でも同様です)。

人間は死に絶えたかに見えたが、風の谷、土鬼諸侯国、トルメキア、ペジテ市をなど、まだ多く生き残っていた国民同士は囲いを作って派閥に目覚め、〝各自の理想的な将来〟へ向けて尽力します。

いつの時代でも「人による科学文明」や「進歩の限界」において、必ず〝人の手にあまる滅亡〟の2文字がついてきます。これは原作『風の谷のナウシカ』でも色濃く扱われていて、結局人が造り出した巨神兵(人工生命体)によって終局戦争を迎えさせられ、あげくに人類は「自分たちの住む土地がわすかにしか残らなかった」という悲劇を受容させられます。

そしてその悲劇に対抗するため土鬼国の墓所に人は集まり、現在において化学兵器や核開発を行なうことで知られる軍部研究所のような施設に集まり、対峙している自業自得の現状から「再び人類が支配できる王国」の復活を目論みます。

このような現代の人の世情や各国の動向が丸写しの世界観に、ナウシカをはじめ幾人かの人々は「自然との共存」を試みました。ここでそれぞれの立場にいる人々の正義が争い出します。

原作『風の谷のナウシカ』の世界観には、いま私たちが生きている現実の世界に対する〝暗喩〟のようなものが、幾つもの重層をなして表現されます。

果たして宮崎監督はこの原作『風の谷のナウシカ』の設定と世界観をもって、読者へ何を訴えたのでしょう?

ここから少し、「原作『風の谷のナウシカ』のその後」の想像への探究資料とし、原作そのものの内容を発掘・推察してみたいと思います。

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『風の谷のナウシカ』―その時代

ナウシカが生きた時代は産業文明が起こってから1000年後とあり、つまり「人間が文明を持ってから1000年後」とも受け取れます。

この時代の位置づけからすると原作『風の谷のナウシカ』の時代は、まさに、いま私たちが生きている時代よりも〝遥か以前〟という位置取りにもなってきます。

この「産業文明」が興った時代―文明が人の歴史に表れた時代―は、先史・有史の区切りをつけて、今でも正確に見積もられない〝歴史のベール〟に包まれます。それでも、かの有名な世界4大文明の発祥に辿り着くことはでき、その時点を「初めて人が文明と出会った起源の年」と推定することができます。

「産業」とは「何かを生み出す文明」のことで、原作『風の谷のナウシカ』で取られる「文明」がこの辺りを差していれば、この「文明の起源の年―遥か昔の時代―」とも推測できます。つまり「人が産業・文明と携わった年から1000年後…」という暗喩も覗けるわけです。

文明の発祥から見る「ナウシカの世界観」

世界4大文明は、メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明としてあり、メソポタミア文明は世界最古の文明で、今からおよそ何千年もの昔、先史の頃に発祥したもの。その終焉でも紀元前4世紀ですから、メソポタミア文明というのはいかに〝太古の文明であるか〟ということがわかります。

エジプト文明は紀元前3000年頃に始まっており、現代2017年から見て太古のできごとだとわかりましょう。インダス文明も先史の文明で、メソポタミアと比較的近い発祥として知られ、また黄河文明にしても古代中国文明に含まれる遥か昔の文明です。

この太古の文明において「人の産業」はすでに始まっていることから、「それから1000年後…」を冠する原作『ナウシカ』の世界を見れば、未来ではなく「過去のできごと」とも受け取れます。

科学史を見てみれば…

しかし「ナウシカの世界観」をもう1度見直しみると、「科学の発展」の強調がうかがわれ、その点からすると、石器時代に見られるような旧文明ではないことが推察されます。けれど原作の世界では「どの程度の科学力なのか」が厳密に問われていません。

ただ巨神兵にはじまる「人工生命体を造れる科学力」に視点を採ると、科学史にまつわる物理的な高次的発展へと視座が向けられます。残念ながら原作の設定においてそれ以上の「科学文明の度合い」については語られません。

はっきりとした「科学文明の発祥」を歴史的に見てみると、それは1911年から12年、アメリカで科学史専門論文誌ISISが発刊された当時を指し、その頃から「人工生命体を造れる科学力」につながるような飛躍感が認められます。

つまりこうして文明と科学の両端から覗いてみると、原作『風の谷のナウシカ』の世界観というのは「未来なのか現代なのか過去なのか」はっきりしないことがわかるのです。

「ナウシカはアニメだから、その世界観もアニメのうちにあるものだ」と言ってしまえばそれまでですが、原作『風の谷のナウシカ』の世界観を見る上ではっきり言えることは、

その世界観は、現代を指していても一向におかしくない

というもの。

文明の発祥から1000年後であれば過去となり、科学史発展の時期から1000年後であれば2900年代ということになる。

この辺りの時代設定をあえて曖昧にしたところが、本作『風の谷のナウシカ』に秘められた奥深いエッセンスなのでしょう。

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第2章 原作『風の谷のナウシカ』の結末は結局どうなったのか?

原作『風の谷のナウシカ』のラストシーンでは、再び「人類の世界」を取り戻すために世界の浄化―蟲や腐海を焼き払って一掃する計画による浄化―を図ろうとトルメキアや土鬼連合が画策していくが、ナウシカによってその計画は中断させられ、結局、研究施設・墓所とともに〝世界の浄化を目論む人々〟は葬り去られた。

「最終兵器」としてあるような巨神兵もこのとき絶命し、自然とともに生きることを望んだナウシカが生き残る。

このようなラストを飾りますが、ここでも原作『風の谷のナウシカ』に彩られる各キャラクターに焦点を当て、作中ではどんなプロセスをもってラストシーン(結末)に臨んだのか、ということについて、少し具体的な考察・推察に臨みたいと思います。

胞子

原作『風の谷のナウシカ』の世界には腐海をはじめ、その腐海に生きる蟲と生命をともに育んでいく「胞子」というものが存在します。これは菌類の一種であり、空中に浮遊する形で浮かびます。

そして人間がこの胞子を吸い込むとその肺が腐り、5分で死に絶えるという恐ろしい存在です。

この「胞子」、何かに似ていませんか?

そう、放射能です。

放射能は生物が持つ生命システムを破壊し、中性子の拡散を伴い、やがて生物に被害を及ぼし死に至らしめます。その過程は目に見えず、まるで空気を吸い込むことでその影響が及ぼされるような、〝見えない恐怖〟を与えてきます。

皮膚呼吸でも放射能は影響し、かのラジウムの研究者・キュリー夫人は、ポケットにラジウムの原石を入れていたことにより、放射線を発散によって、ポケット周辺部の皮膚が黒く変色してしまいました。

原作『風の谷のナウシカ』の世界に拡散する胞子は自然破壊を続ける人に向かい、まるで空気のように襲ってきます。放射能で有名な原爆・水爆による影響にもこれと似たような経過が見られ、その放射能はこの胞子と同様に空気に飛散することで人害となります。

この原作『風の谷のナウシカ』の世界と、私たちの世界をもう1度眺めてみて下さい。

原爆や水爆は科学の発展により創造され、その行き過ぎた文明の発展の陰で自然破壊を繰り返し、さらには生き物の命を奪っていきます。

この胞子にしても、人のエゴによる領土拡大と独裁の企図によって生まれたものです。

人工生命体である巨神兵を使い自然破壊・領土汚染をともに拡大し、その後、汚染された土壌と空気は瘴気と呼ばれる猛毒を放出し続け、やがては世界全土をその汚濁の猛威に包み込みました。胞子は汚染された土壌に免疫を持つ蟲の死骸から拡散し、やがては人間の領土に脅威をもたらします。

さらにその胞子の生命力は非常に強く、原作では「永久になくなることはない」と言われます。

放射能もこれと同様で、地中・水中に埋めることでその力を弱めることはできますが、なくすことはできません。

腐海(ふかい)

腐海も胞子と成り立ちが似ており、人間の科学が発展し過ぎ、その驚異的な破壊力によって生まれた森の姿の成れの果てです。腐海へ人間が入れば、たちまち5分程度で死に絶えます。これはその腐海に息づく胞子によるもの。腐海自体は生命に害を与えません。

胞子がともに生きているそのテリトリーから見て、この腐海は「放射能汚染された被爆地」のようにも見て取れます。

人間の行き過ぎた進歩と発展―それに伴うエゴの暴走が、この腐海を押し広めてやがては人間に立ち向かってくる脅威となったようです。

しかしこの腐海は汚染された土壌を再びきれいな土へ戻すため、絶えず変わらない姿勢で働きます。

この自然を懸命に守ろうとする腐海を人間はまた、「自分たちが生き延びるために…」と目当てを失って焼き払おうとしているのです。

巨大化した蟲たち

これも放射能の影響によって作り出された犠牲者のようです。

放射能を浴びた生物から生まれてくる新たな命は、その体に異形を持ち、あるいは1部分が特異に変形したり巨大化して生まれる場合があります。

つまり奇形です。

この生命そのものへの脅威を運んできたのは人間であり、そのエゴで走り続けた文明の開花は「生来の姿を大きく変えられた犠牲者」を生んだわけです。

その犠牲者である蟲たちは、人を襲います。

原作に登場するクシャナ殿下はこの蟲に体を食われてしまい、「わが夫となるものはさらにおぞましいものを見るだろう」と言わせる2次的な悲惨を物語ります。

つまり蟲たちも腐海や胞子のように、文明の謳歌によって「世界を独占し続けてきた人類」への脅威となったのです。

しかしナウシカは「この蟲たちも自然の歯車としてあるもので、その住処としてある腐海を焼き払うことは、再び人類にとって脅威となる」という旨を念頭にあげ、腐海とともに蟲を焼き払おうとする再び独裁欲を持った人間に対峙します。

各国のあり方

原作『風の谷のナウシカ』の世界では、主に4つの国が生き延びています。

科学文明が暴発して世界に終わりが告げられたような世界でも、とにかく生き延びようとする人間は再び独裁欲・独占欲をもって存続を試みます。

その国々の人々は各国によって特徴をあげ、その国民は国の統治・方針により行動します。

各国のその特徴により国際間に強弱が生まれ、それは私たちが見ている現実の世界と同様です。攻める国があれば守る国もあり、また独自の方針に倣い前進する国もあります。

この各国のあり方に焦点を当てた場合でも、現代で実存しているさまざまな国のあり方と類似します。

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小国 風の谷

ナウシカが住んでいる自由を愛する風の谷。言えば民主主義国家と似ているでしょうか。

ここは国というより地域という方がふさわしく、常に土鬼諸侯国連合やとくにトルメキアなどの列強国によってその存続を脅かされます。

非常に弱小の国。武器がなければどうして各国の脅威に立ち向かうのでしょう。

たとえば核保有国・非保有国の立場の大小にはじまり、列強尾国家と弱小国家の立場のせめぎ合いが暗示されます。

この脅威に向かって対処する際、非常に非力な国が風の谷です。

けれど風の谷ではその名の通りいつでも涼風が吹き抜け、とても心地よい温度と懐かしさが漂います。

トルメキア王国

王朝国家のトルメキアでは、何代も続く王位継承の果てに成り上がった軍国主義の世情が広がり、世界への独占欲についてはどの国よりも強靭でしょうか。

腐海を焼き払おうと言ったのもこの国、蟲を一掃して葬ろうとしたのもこの国、さらには自分たちの栄華と欲によってペジテ市・風の谷を侵略したのもこの国です。

言えばこれも現代の世界で普通に見られる独裁国家・軍事国と同様で、「わが存続、利益のためなら何でもする、手段は選ばない」という、権力序列をそのまま世界に確立させた〝ならず者国家〟に映るでしょう。

この軍国主義を貫くトルメキアにしてみても、いかに原作『風の谷のナウシカ』の世界観が現代のそれと丸写しになっているかがよくわかります。

必ずいつの時代でもこのような暴力主義を押し通す〝ならず者国家〟が君臨し、その独裁の陰では隣国はじめ、周囲の各国が甚だ迷惑を被ってしまうという、現代にも見られる世情の流れを体現しています。

土鬼諸侯国連合

風の谷から南方に位置するトルメキアと唯一対等の国家連合。皇帝領であり、7つの大侯国、20余の小侯国と23の小部族国家を併せ持ち、計51か国から成り立つ強国です。
神聖皇帝、官僚の僧会によって国政が執られており、けっこう国政面でも列強を誇示する。

同国には皇兄・ナムリスと皇弟・ミラルバがおり、先代皇帝によって超常能力を生まれ持つミラルバの方に国務の実験が与えられています。

ミラルバは宗教の力によって土民の統治を図りましたが、結局、皇位奪回を目論んだナムリスの暗躍によって殺害され、無神論を主義とするナムリスの手により内政は大きく変えられてしまいます。僧会も大きく変容させられました。

そして物量作戦の腕力に頼る軍国政治・独裁政治に傾いていき、やがては世界への侵攻を目論むまでになります。その兵器として巨神兵を利用したのはトルメキア、ペジテ市と同様。

軍国政治を飛躍させるための武力は旧文明の技術に習っていたため、トルメキアの軍力をも凌ぎ、際する戦況下でも優位に立つはずでしたが、自らが先導した蟲たちの大移動によって自国が呑み込まれてしまい、やがてはその国土のわずかな部分を残して壊滅してしまいます。

ペジテ市

もともとトルメキアと同盟を結んでいた都市国家であり、さまざまな技術や産業を駆使して独自の武力を養う工業都市です。

このペジテ市は発展途上国のようでもあり、独自の体勢をもって将来を担う無頼の国家に見えます。

同国に巨神兵の骨格が発掘されたことによって、それを奪回しようと目論んだクシャナ率いるトルメキアの侵攻を受け、結局アスベルだけを残す形で国は全滅します。

中立国の世情は色濃く残り、文明や国力の発展にしても、ちょうど土鬼諸侯国連合とトルメキアの中間の位置にあるようです。

このペジテ市のような国も私たちが見ている現実の社会に存在します。中国などはこれまでの歴史において〝自分たちの道〟というものを切り開き、工業発展から科学文明の躍進においてついに先進国までに成長しました。

ここまでを見て、たとえばこの4つの国、風の谷、トルメキア、土鬼諸侯国連合、ペジテ市を喩えて言うなら、風の谷は領土が小さいながらも自衛に努める富裕国、トルメキアは軍力に長けた超大国、土鬼諸侯国連合はトルメキアと比肩できる列強国、ペジテ市は先進国を目指す発展途上国、などと取れるでしょうか。

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第3章 原作『風の谷のナウシカ』のその後の展開はこうなる!

巨神兵

まず巨神兵というのは「火の7日間(つまり1週間)」で世界を終わりに導ける核ミサイルのような存在。結局、この巨神兵を誰が手中に収めるかで、原作での各国による紛争・戦争は左右されていきます。

トルメキア軍も土鬼軍もペジテ市も、この巨神兵を手中に入れたいがために戦争しました。

原作では巨神兵のことを正式名称で「巨大人工生命体」と呼び、つまり人間が作り出した科学兵器として位置づけられます。

この点から見ても、プロセスは違うにせよ、まぎれもなく世界を滅ぼせる驚異的な兵器となり、その兵器・巨神兵によって世界は滅亡させられ、それはまるで行き過ぎた科学文明の産物・核ミサイルによって地球が滅ぼさせる状況と酷似します。

巨神兵は生き残った?

ナウシカは土鬼の森にある墓所に差し向け、この巨神兵を利用する形で結果的に巨神兵をそこで葬ることに成功します。が、巨神兵は1体ではありません。人工生命体ですから、同時に何体も造れてしまう厄介な代物です。

「火の七日間」を終えてもまだペジテ市にその残骸が残っており、そこから生命維持装置のようなものをつけて復活が約束された巨神兵のあり様を見れば、まだまだどこかの科学者によって造り残された巨神兵が存在していてもおかしくありません。

となると、結局またこの巨神兵を巡っての各国・民族の争いや派閥が起こり、この物語のスタート地点と同じように「火の七日間」で幕開けする新たなストーリーが見られるかも知れません。

つまり、原作『風の谷のナウシカ』のラストシーンからその後でも、この巨神兵の脅威は残る形で人類に「滅亡への懸念」を覚えさせ、その巨神兵が発見され、新たな独裁者に使用される恐怖の傘下での生活を、余儀なくさせられることになります。

風の谷の人々・トルメキア軍・土鬼諸侯国連合・ペジテ市民のその後

トルメキア軍もペジテ市民も、自分たちが作り出した脅威に対抗するため、巨神兵や他の兵器を利用しました。結果、トルメキアによってペジテ市は壊滅させられ(アスベルだけが生存)、トルメキアも以前までのような大国を気取れない痛手を負ってしまいます。

自業自得による脅威になおも対抗するという、結果から見れば何とも馬鹿らしい様子と経過に思われますが、結局調べられる限りで生存がわかるのは、トルメキアの第四皇女・クシャナ、その部下クロトワ、ペジテ市ではアスベルただ1人で、あとはトルメキア軍はじめ同国の民が大半です。

一方、生存者の確認において風の谷に焦点を移してみると、ナウシカの従者であるミトとナウシカ。

ナウシカの師匠でもあるユパ・ミラルダは、クシャナの命を救うために死亡しました。

土鬼諸侯国連合はペジテ市と同様、ほぼ壊滅させられました。ですが森の住民が生きるテリトリーは壊滅を免れており、「森の人」と呼ばれる種族はその後も生存します。

また原作のストーリーに描かれなかった部分では、風の谷にはじまる各国の人々の行く末を全て描いているわけではないので(描き切れませんので)、戦後の国のあり方や人々の生存状況を一般的に眺めてみれば、ペジテ市にせよ土鬼諸侯国連合にせよ、その国民のうちの大半は生き残っている、と見て妥当でしょう。

とにもかくにも、主にこのような生存者が確認される中で、主人公・ナウシカのその後と、準ヒロイン・クシャナのその後に焦点を当ててみたいと思います。

ナウシカと、クシャナ殿下のその後~アスベルをからめて~

ナウシカは土鬼諸侯国にある墓所の研究システムを完全に葬り去りながら、その土鬼の地にしばらくとどまります。

原作では映画版とかなり違って、ナウシカの言動はけっこうシビアなものであり、戦場に出て人を殺すし、戦略として嘘もつくし、ときにはエゴから出るような自分勝手な行動にも出ます。

ナウシカはアスベルと結ばれる、と思われがちでしょうが、結果は違います。アスベルは段々成長するにつれ、工業都市ペジテ市民の血を引く形で自我を確立した若者へと成長します。

原作での最終的なシーンでは土鬼の娘といい感じになっており、ナウシカもその土鬼の地にとどまりながらアスベルには近寄らず、土鬼の住人と生活をともにしていきます。

もともとアスベルは「妹を殺された仇」としてクシャナを嫌悪しており、ナウシカはそのクシャナと徐々に友好的な関係を築いていきます。この辺りに、「やっぱりナウシカとは悲しみを分かち合えない」とした確執のようなものがアスベルにはあったのでしょう。

いくらナウシカが妹に瓜二つでも、当のナウシカには1人の青年と恋に遊ぶ間もない、「世界平和」を土着させていくという膨大な夢があります。

なので、いくら個人的な思い出が色濃くあったにせよ、それがもとで「結婚!?」というような境地には至らなかったと見てよいでしょうか。

クシャナにはクロトワがいます。

クシャナはトルメキア王国の先代国王が崩御して以降、再びトルメキア王国を率いる目的で殿下から代王としての位に就きます。そして以前のような大国ではないにせよ、王国を復興しました。

クロトワは変わらずトルメキアにいて、クシャナと二人三脚の形をもって補佐します。

クシャナとクロトワはそれまでにも、お互いの命を助け合った深い絆で守られた仲でもあり、まるで他人が入り込めない「2人だけが構築できる壁」のようなものに守られています。

原作においてクシャナは1度、土鬼の皇兄の方と政略結婚させられますが、初夜に至る前にやはりクシャナは皇兄を夫として認められず、結局、反抗して契りを交わしませんでした。その後も関係は断絶したまま。

これは誰を想っての行動だったのでしょう?
もちろん政略結婚という、国家間の謀略にもよって「したくもない結婚」に踏み切らされた無念からの反動もあるでしょうが、クシャナが唯一〝1番長く一緒にいる人物〟は主にクロトワです。

自分のプライベートへも自由に出入りさせるクロトワの存在は、クシャナにとってよほど大きなものだったのではないでしょうか。

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まとめ―これが原作『風の谷のナウシカ』のその後の世界だ

これまでの推察と考察をもってごく簡潔に言えることは、

ナウシカは土鬼の青年と結ばれ、その後も土鬼の住人とともに世界平和を念頭に生活していく。

クシャナは皇女となってトルメキアを再建し、クロトワと仲睦まじくその後も王国のために生活していく。

アスベルはナウシカと同じく土鬼の娘と結ばれつつも、ペジテ市民の血を引く形で自活を通して生活していく。

ということでしょう。

けれどその全ての人の生活も、「再び巨神兵の脅威にいつ晒されるか!?」という、世界的な脅威の傘下でのものとなり、手放しには平和や生活を謳歌することはできません。

トルメキアは軍国を再建させ、また新たにクシャナやクロトワによって軍を率い、世界侵攻を目論んでいくかも知れません。

そのとき(先述の通りに)巨神兵がもしどこかで発見されたり、墓所とともに葬られた博士の末裔などが生き残っており、その末裔たちによって人工生命体・巨神兵を復活させられでもすれば、再び人類の世界は〝原作に見られた幕開け〟と同じスタートを切らされます。

結局、原作『風の谷のナウシカ』のその後の世界における人類は、その物語が始まったときと同様の世情のスタンスを取らされ、

「火の七日間」による滅亡をさらに繰り返す可能性のある、変わらない世界

で生き延びることになります。

つまり原作『風の谷のナウシカ』のその後の世界では、そうした「人のエゴによって、いつまた滅びることになるかも知れない世界」での生活が繰り広げられていくことになるのでしょう。

付録にかえて―ナウシカの言動に見られる本作最大の主張

これまでにお伝えしてきた全ての内容を踏まえ、この作中で見せる〝ナウシカの言動〟に本作の主張の全てが詰まっていると言えるかも知れません。

主人公は飽くまでナウシカです。その主人公の言動には、必ず読者も視聴者も注意を引かれるものでしょう。

そのナウシカの言動は、

人間がばらまいた脅威とともに生き、これ以上、自然や蟲を殺さないこと

という、人間が作り上げた脅威と一緒に「共存する道」を選んでいます。

これも私たちの住む現実の世界での状況と全く同じでしょうか。

さまざまなことを言い合いながらも私たちは、結局、科学文明によって生まれた核ミサイルをはじめ、さまざまな文明の利器とともに暮らすことを余儀なくさせられ、その上で世界平和や生活を営ませられるという、「誰かに作られた土台の上の人生」を突きつけられます。

つまり「ナウシカの世界」での「腐海や胞子や巨神兵」というのが私たちの世界では科学文明によって生まれた脅威となるわけで、本作は「その脅威と共存する道を選べ」と説いているのです。

そして「これ以上、自然を破壊するな!」というナウシカの言葉。

これはオーソドックスに見れば、完全に反戦を謳っているでしょう。

「腐海や胞子といった脅威が嫌だからと言い、それらを殺してはならない。」

作中のナウシカのセリフをつなぎ合わせてみればこのようになると思われ、また、

人間が作り出した脅威はどうしようもない

とした、反戦を謳う傍らでの「人のエゴとも共存する道を選べ」という人として生きる上で限界を諭す説にも見て取れます。

この点から言えば原作『風の谷のナウシカ』は、人間の世界をそのまま描写した作品とも取れるでしょうか。

本当の『風の谷のナウシカ』を味わってみるなら、ぜひこの原作の方を先に読んでほしいです。

原作『風の谷のナウシカ』を〝映画版から知ってみたい!〟という方は、ぜひこちらの記事もご参照下さい。
映画『風の谷のナウシカ』あらすじ&感想 徹底解説!

〈ユーチューブ参照用〉
【ジブリを語る】風の谷のナウシカ
【ジブリ】映画では語られなかったナウシカの裏物語


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2 件のコメント

  • ユーラシア大陸の西のはずれに科学技術が生まれてから数百年、世界中に科学文明が広がった。だから、いまよりちょっとだけみらいだね。さらにそこからよ1000年まあ西暦でいえば4000年代。セラミック文明後期で宇宙進出もしている。(たぶん太陽系外)

  • 書かれている範囲では、ナウシカはチククの育ての親になる。チククは土鬼の王。クシャナはすでに代王であり、チククの友達w
    ここからは妄想だが、ナウシカはユパさまとおなじく森の人と一緒に旅にでるんじゃないかな。

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